『守屋酒造』紀行

寒菊正門
 「守屋酒造」がある蓮沼町は九十九里浜に面した夏場はレジャーでにぎわうところ。すぐそばには松尾町の寒菊銘醸もある。

 海岸通路から一本あがった通りに、立派な蔵構えの守屋酒造がある。この建物はもとは造り蔵で、現在は酒サロンとして一般の人に開放している。
中に入ると酒蓋を利用したテーブルに試飲用の酒が並べられ、いつ来ても試し飲みが出来る。また特産物も並べられ、ちょっとしたお土産売り場の風情だ。

 この日は来客の応対や配達で若社長が大忙し、昼ご飯も食べられないほどなので、一人で醸造蔵の方を見学させて貰った。

 守屋酒造は醸造期だけ杜氏一人が岩手からやってくる。あとは数人の社員とパートだけで切り盛りしている。
 少ない人数で酒造りをするため、この近郊の蔵では驚くほど(大げさかな?)機械化されている。機械化で安定した労働力を得、安定した酒を造っていくのは現在の酒造りの課題でもある。
 ここの機械は前社長(現会長)が自蔵で使いやすいように、独自の改良を加えて備え付けてある。
以前、会長にお会いしたときの「つらい労働を我慢してやっているようではいい酒造りは出来ない」の言葉が思い出される。
会長は伝統を守りながら、「変えるべき所は変える」合理的な精神をお持ちの方だ。

 新蔵内には発酵を終えた酒、これから搾られる酒が庫内イッパイにある。ここは大型の冷蔵庫で守屋酒造の心臓部といえる。全ての酒は完璧に温度管理され、できあがった酒も酒質の安定を図っている。会長が「ウチは夏でも酒を仕込めと言われれば仕込める」っと言っていたのはこのせいだ。

 奥の仕事場で杜氏が一人で作業をしていた。ここ数年来、出稼ぎで来る酒人はたった一人だ。あとはここの社員が酒造りにたずさわる。みんな配達に行ってしまったようだ。
いた杜氏に話を伺う。

 よく覚えていなかったが、昨年と杜氏が違うようなので尋ねたところ、やはり「今年から」だという。
「昨年まではどちらに入らしたのですか?」
「富山の『梵』で杜氏をしていました」

 これは驚きだ!「梵」といえば富山の名酒中の名酒。全国の酒通、羨望の酒の一つである

「『梵』での酒造りはどうでしたか?」
「本当にいい酒が出来ました。いい酒が出来るから造ったそばからどんどん売れていきました。私がいた内でも6年ほど全国で金賞獲りました。米もいい物を使わせて貰いましたし、設備もすごかったです。」
「来年からは『梵』でいっしょに働いていた仲間を呼んで、酒を造ったらいい酒出来るでしょうね。」
「いやー、ここの規模では私一人で丁度いいではないですか。お金もか借りますし。」
「でも4ヶ月も一人では寂しいでしょう?」
「まーそれはありますねー。やっぱり。」
 その酒造りも3月イッパイだ。4月になれば岩手に帰っていく。

 しかし守屋酒造は素晴らしい宝を得たと思う。いい酒を造るには、名人から技術を学ぶしかないからだ。今がそのチャンスだ。
今の杜氏が元気の内に、若い当社のスタッフにその技術と知識を伝承してほしい。
そしてそれを蔵元は推奨する環境を整えてほしいと思うのである。

 社長はあまりのも忙しそうなので、今日は話がほとんど聞けませんでしたが、上記のことを必ずお願いしておきましょう。


date=2002.3.15(fry)/PM 2:00頃
天気=曇りもち晴れ

【酒サロン1】 守屋酒造の若社長と会長の奥さんでもある、お母さん。


【酒サロン2】 訪問中も来客でにぎわう。この日もサラリーマン風の男性の団体が来ていた。味見をしながら酒を買えるようになっている。


【新蔵内】 新造蔵内は全面アルミ張りの大型冷蔵施設となっている。ここで酒の醸造、発酵をする。


【杜氏】 今年から来ている杜氏は南部杜氏で、昨年までは富山の「梵」を造っていた名杜氏だ。


【圧搾機】 古式の「槽」とよばれる圧搾機で酒を搾る。これで搾った酒粕は絶品。後方にホウロータンクが見える。


【連続蒸米機(中央)と放冷機(左手前)】 たった一人の杜氏と数人の蔵人で造るためには、この程度の人力の省力化は必須となってくる。


【蔵構え】 これが見えたら守屋酒造だ。
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