『岩瀬酒造』紀行

岩瀬酒造全景
 この日二つ目の訪問は御宿の清酒岩の井の「岩瀬酒造」である。
御宿といえば昔は「月の砂漠」でおなじみ、今はサーファーの御用達、夏は銀座のような賑わい(古いかな?)になる一大リゾート地である。
そんな喧噪とは裏腹に御宿駅のほど近く、住宅地のチョット入ったところに岩瀬酒造はあった。

 今回の連れの案内で車を止めて蔵に向かうとすでに先客があった。車で3〜4台のグループで15人ほどの人が蔵を見たり表で試飲を楽しんだりしている。その応対で忙しそうにしているのが蔵元の岩瀬氏であった。

 接客が一段落してようやく岩瀬氏と挨拶を交わせ事務所の2階に通された。岩瀬氏は自分たちがイメージに描く蔵元とは全く違い、穏和で物静かなむしろ田舎の農夫(失礼!)といった方がピッタリ来る風貌でした。この風貌どおり口数も少なく自分からしゃべりまくるタイプではないらしい。
「山廃で仕込んでいらっしゃいますが?」
 「全量の30%程が山廃で仕込んでいます。」
「山廃で一段仕込ってありますよね?」
 「杜氏のアイデアで始めました。ウチの杜氏は研究熱心で酒造りに関しては全幅の信頼をしています。」
「そうですか。アレ好きなんですよ。すごい個性がありますよね!その辺が人気の秘密だと思うんですが、売り上げはどうですか?」
 「それなりに悪いですよ。地元で売れなくなってきました。」
「地元以外でもかなり注目を浴びていると思いますが?」
 「そうですね、県外向けが約3割ほどあります。でもそれほど多くはないですよ。本なんかに出ても一時だし…」
ご本人はそういうが千葉の酒で県外に3割も売っている蔵はそうあるまい。Dancyuなど有名メディアに取り上げられるのは伊達ではない。しかしそれだけでは厳しいという。とにかくそう話している間にも次から次と来客があり、そのたび席を外さなければならない。話は早々に切り上げて蔵を案内していただいた。

 仕込み蔵は江戸時代の建物で年季が入っている。(ちなみに母屋は御宿最古の建物だそうだ)蔵の入り口には新酒をつげる酒林。入って左手に進むと蔵人が新酒を搾っているところに出くわした。一枚の板状の大きな酒粕が採れていた。この圧搾機は旧式の槽(ふね)の改良型で、畳一畳ほどの大きな袋にもろみを入れそれを重ねて搾るのが特徴。従来の物が小さな袋にもろみを入れて並び重ねて搾るのに対し均等に搾れるのだそうだ。その酒粕はしっとりとして香りのいい物でした。

 その奥にはこれから搾りを待つもろみタンクが所狭しと並んでいる。その一つを口に含むと実に力強さを感じさせる。この蔵で40年近くも酒造りを続ける杜氏「菊池氏」の技術の結晶です。
 麹室などを見せてもらえなかったが(たぶん使用中だったのだろう)蔵を出て左手には釜場がある。その周辺で次の見学人が酒の試飲を楽しんでいました。

 蔵元は謙遜するがこの人気の高さだ。蔵そのものは休日だが次から次と人がやってくる。でもコレでも安泰では無かろう。江戸時代の蔵は古く、近い将来建て直しが必要であろう。そして何より跡継ぎがいない。お子さんは娘さんだけだそうだ・・・この辺をどうするのか聞いてみたかったのだが・・・さて、蔵元はあまりに忙しそうなのでこの辺でお暇することにした。
最後に「この蔵で一番心がけていること、ここを見て欲しいっという所はどこですか?」と聞くと、「どこよりも丁寧に気持ちを込めて造っていることです」と答えられました。やっぱり造り酒屋はこうでなくっちゃ!頑固で研究熱心な杜氏、それに全来を寄せる穏和な蔵元。とってもいい雰囲気な酒蔵でした。


date=2004.2.11(Wed)/PM2:00頃
天気=曇
【写真上・蔵全型】



蔵入口
【蔵入口】 新酒が出来たことを示す酒林が下がる 


搾り風景
【搾り作業】 杜氏と蔵人が酒の搾りをしていました


圧搾機
【圧搾機】 旧型の佐瀬式圧搾機の改良版ともいえる圧搾機


麹室と麹蓋
【もろみ】 たしか、もろみの最終期に近い状態のものだったはず


浸漬後の米
【浸漬後の米】 明日の蒸し米をまつ米である


蔵元・岩瀬氏
【蔵元】 蔵元・岩瀬能和氏
穏和な紳士であった
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