『青柳酒造』紀行

蔵全影
 守屋酒造に寄った帰りに「青柳酒造」にも立ち寄ってみた。
国道沿いの光町の特産品売り場で、蔵の場所を聞いていってみたが、なかなかわかりづらい所に蔵はあった。
 青柳酒造のある「光町」は、九十九里海岸に面したところから、かなり内陸まで南北に長い地形で、青柳酒造のある場所はその北端に近い。
周囲は一面の田園で、蔵の周辺村だけが鬱そうとした森に囲まれている。

 ようやく蔵を見つけ、門をくぐってみた。
敷地に入ると、すぐ右に蔵が見える。煙突が造り酒屋であることを物語っている。右側にはわらぶき屋根の母屋があり、それに隣接して今風の住居が佇んでいる。

 まずは、わらぶき屋根の母屋に向かい、主を訪ねた。奥から蔵元の「青柳達夫」氏が出てきてくれた。青柳さんは、もう初老を越えた年齢で、直接会うのは初めてである。しかしこっちは組合の総会などで何度もお見受けしている。用件を話すと、快く迎え入れてくれた。

 「初めまして、この辺は環境が良さそうですが仕込み水は自家水ですか?」
 「水は創業当時から地下水を汲んで使っています。この辺は海岸から遠いので軟質で綺麗な水がくめます」

 「酒造りには発酵力の強い『硬水』が好まれると聞きますが、軟水で苦労した点はありませんか?」
 「当蔵では、ずっと先代の教えを守って酒を造ってきました。したがって軟水だからと言って酒造りに困るという点はありません。特に当蔵の造りは『自然に任せる』がもっとうです。いい麹、いい酒母、いいモロミができれば、自然に放っておいてもいい酒が出来ると教えられてきました。ですから温度管理も積極的にはしません。作為的に造った酒よりも、自然にいい酒が出来ることを好みます。」

 「しっかりとした仕事をして、後は酒任せっという訳ですね。水は変わらずに出ていますか?」
「こう見えても、やはり環境は変わっています。水もずいぶん少なくなりました。しかし水質は変わんようです。昔は銚子も水は良かったんですよ。銚子の高砂さんと内とで、管内の品評会はいつも1位2位争っておりました。」
 「今は地元での消費が多いのですか?」
 「現在ではほとんどが地元で消費されます。しかし少し前までは、東京でずいぶん売れましたね。赤坂にある問屋まで酒を運んだものです。内の酒が評判が良かったようで。」

 長々と話を聞かせて貰った後、蔵の方に案内していただいた。蔵では造りは終わった後で、杜氏一人が仕舞い仕事をしていてひっそりとしている。
蔵内には話に出ていた、仕込み水を汲む井戸がある。この辺の水は、他の蔵も汲みに来るほど綺麗な水が出る。当店にはここの純米酒があるが、癖のないスッキリとした味わいの酒だった印象がある。

 しかし悩みもある。小さな蔵の常で後継者がいないのである。娘さんがいて、酒の勉強をしては来たが、未だ独身で酒蔵を継ぐ意志は今のところ無いようなのだ。
 伝統ある、しかも高品質でありながら、時代の流れに乗れず消えゆく運命なのか。何とかして後世に残せないものか。
 良いアイデア皆さんありませんか?


date=2002.3.15(fry)/PM 4:00頃
天気=曇りもち晴れ

【青柳酒造遠影】 前は田圃、後ろは森に囲まれ、環境の良さを物語る。


【杜氏】 岩手からやってくる「南部杜氏」。毎年たった一人でやってくる。


【釜場】 大型の蒸し釜を備える。


【蔵内1】 醸造用のタンクが見える。タンクの間に見える板は、作業用の足場。


【蔵内2】 奥に見えるのは古式の「槽」とよばれる圧搾機。少量ずつコレで搾る。


【井戸】 蔵内に井戸がある。ここから汲まれる天然水で全量仕込む。

もどる 地酒を蔵元直送販売〜美酒探求/千葉の酒街道|日本酒通販ホームへ