『甲子正宗/飯沼本家』紀行

 さて佐倉の酒蔵から進路を北東にとり酒々井へと向かった。目指すは甲子の「飯沼本家」である。

 地図を確認しながら、国道51号より右に入り、本当に人里寂しい山村の細い道を間違えないように走っていった。おりしもチャンと看板があり滞りなくたどり着けました。

 「甲子」の飯沼本家は千葉県内随一の生産量を誇り、リーダーシップ的存在だ。蔵も合理化が進んでいると聞くが廻りの景色はのどかそのものである。
 蔵に着くと、まず目にはいるのは新潟から移築した「曲がり屋」と呼ばれる古民家である。甲子ではここをお酒のギャラリー兼直売所としており、また季節に応じて様々なイベントを実施している。この日も「山井イクオ」氏の絵画展をやっていました。
 その曲がり屋で挨拶を済まし、早速蔵を見学させてもらいました。

 立派な正門からはいるとまず左に氏神様が鎮座しています。(神様の名前は忘れました) さらに進むと左手に立派な事務所兼母屋が、右手には昔の仕込み蔵(現在は作業蔵)、そして大正時代の応接間が残っていて歴史を感じさせます。文献を読むと明治時代から「飯沼本家」は千葉県の中心的存在だったことが伺えます。

 さらに足を進めると4階建てのコンクリートの建物がある。ここは「昭和蔵」といわれ昭和の時代仕込みが行われたところ。今は貯蔵蔵に変わっている。中にはいると閑散としてお酒のタンクだけが静かに出荷の時を待っているようです。

 昭和蔵を出て右手に行くと、左側には大きな煙突を備えた建物がかつての釜場。その隣には精米所を完備する。その向かい側が現在の仕込み蔵「北総蔵」である。
「北総蔵」は合理化を進めた近代施設である。杜氏を置かず、少人数の社員で高品質な酒造りを可能にしている。これは手造りのイメージの強い地酒だが、合理化は実際には避けて通れないところで、事実多くの蔵がこの道を歩んでいる。

 蔵に入ると見学用にルートが出来ている。入ってすぐに昔の酒造りの道具が展示されていた。そこからまず階上に上がって、階下に仕込みの様子を見られる。

 さっきの精米所から送られたお米は洗い、浸漬され自動蒸米機に送られる。蒸し上げられた米は麹用、掛け米用と分けられそれぞれに運ばれていく。それから先はいわゆる普通の酒造りの行程なのでここでは省略しよう。
自動化が進んでいるので仕込みの最中でも思いの外作業人が少ない感じがする。(だから合理化なのだ)

 しかし合理化だけを進めているわけではなく、今まだ培った技術の伝承を兼ねて、大吟醸などは昔ながらの手造りでつくられている。こうすることで機械化で目に見えなくなりがちな、お酒の微妙な変化を実際に身に染みこまされるわけだ。

 一通りツアーが終わり「曲がり屋」にもどる。ここはさっき行ったように杜氏などがおらず、社員が黙々と作業をこなす。見学のガイドは曲がり屋に待機する女性がしてくれるので、余り入り込んだ質問は出来ないようだ。
出来れば今度来るときは事前に手配し、蔵元なり、製造責任者なりにお願いしたいものだ。
甲子の造り(造石量)は約3000石だそうだ。この規模からすると少ない感じもするし、以前聞いた数よりはだいぶ減っている気がする。ただいたずらに量を増やせばいいものでもないので、高品質少量生産を貫くには丁度いい加減かもしれない。今年(17年)も新酒鑑評会にて金賞を受賞したのもその一貫だろう。

 曲がり屋では数々の酒を利き酒できる。私は車なのでほんの少しだけいただいたが、どれも美味しいものでした。
この日偶然来ていた「山井イクオ」氏ともお会いできました。(あちらから気さくに声を掛けて下さいました)
お酒を売るだけではない、こうしていろいろな角度からアプローチをすることが、これからの酒蔵に求められているのだと感じられました。


date=2005.2.18(Fri)/PM1:30頃
天気=曇り

【社】 氏神様が祭ってある.
名前は?ゴメンナサイ忘れました。


【母屋】 どうですこのお屋敷!さすがです。


【洋館】 大正時代の和洋折衷な建物。郷土の名士が集まったんでしょうか?


【昭和蔵】 10年ほど前まで仕込みが行われたいました。


【昭和蔵内部】 お酒の貯蔵庫です。実際はもっと暗いです。


【北総蔵入り口】 昔の酒造りの道具が陳列。


【仕込みタンク】 発酵を終えたお酒が入っていました。
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